ヘタクソだからこそ、音楽は楽しい。

音楽の楽しさって、なんだろう?

思えば数年前、久しぶりに楽器が弾きたくなって、Webを検索して見つけたある楽器屋さんのスクールに顔を出したのが、こんな話のはじまりでした。

店主は毎月十数本のライブをこなすプロのミュージシャンでもありますから、そりゃもうとても上手に、あらゆる楽器を弾くわけです。次から次へと、ほれぼれしちゃうようなフレーズが飛び出します。あるとき、ワタシは言いました。
「それだけ弾ければ、ステージでも思い通りに弾けて楽しいでしょうね」
しかし店主は、少し表情を曇らせてこう言ったのです。
「これまで、今日はよかったなあなんて演奏、一度もできたことがないですよ」
え、そうなの? ワタシは驚きました。無数のステージ経験を持ち、客としてはパーフェクト以上の演奏に聞こえるし、なにより楽しそうに演奏しているライブなのに、その実、イメージ通りの演奏ができずにココロは苦しんでいたのか!?
もちろんその店主も、ライブを、そしてステージでの演奏を楽しんでいるのです。でも、うまくなればうまくなるほど、目指す音楽の世界が厳しくなり、到達できないジレンマが大きくなるのかもしれません。もちろんお金をもらって演奏することの厳しさもあるでしょう。いやあ、ワタシらシロートとは違って、プロの世界は厳しいんだな、とか思ったものでした。

では、そのころのワタシはどうだったのか。すでにそのときには、ドヘタな素人バンドに混ぜてもらって、小さなお店でライブごっこ(?)をしてたわけです。とんでもなく低レベルの歌と演奏。前にいるのが仲間だから“ステージ”が成立するという、特殊な世界。そしてその仲間たちも、交代で楽器を持ち、似たようなレベルの歌と演奏を繰り広げる、一種の学芸会のようなライブ。でも、わたしはそんなイベントが、もう、楽しくて楽しくてしょうがなかったのです。演奏の善し悪しではなく、みんなで楽器を弾いて歌を唄ったり、ままごとのようなステージに立つことが、とにかく楽しかったのです。無責任に、純粋に、好きな歌を聞いて、自分でも唄って、気が付いたら、あ、もうこんな時間かよー。と、そういうふうに過ぎ去っていく時間が、そこにはありました。

ヘタクソだから、なんの利害もしがらみもなく音楽を楽しめるし、バカな挑戦もできるし、ちょっぴりうまくなって喜ぶこともできる。ヘタクソだから、懐かしい昔の光景に思いを馳せたり、いま弾けない曲を弾ける自分を夢見たりできる。

そうか、ヘタクソだから、音楽は楽しいんだな。わたしは確信しました。そしてBOTCHY BOTCHYは、とてもヘタクソなあなたやわたしのために、まもなくスタートします。