天井


部屋中ジャングルジムのように足場を組んで、天井に細長い板を打ち付けて、なにをしているかというと、ひとつ空気の層を作って、その上に(下だけど)吸音材を張る工事をしているのです。
BOTCHY BOTCHYはマンションの半地下部分にあります。真上ではゲーム屋さん(ゲームセンターではない)が営業中ですが、マンションですから当然のことながら、そのさらに上の階には人が居住しています。BOTCHY BOTCHYでやらかす音楽が、いかにアコースティック楽器が中心の、静かな音楽であっても、そしてBOTCHY BOTCHYで唄ってたり聞いてる人には大好きな音楽でも、聞きたくない人にしてみれば、騒音でしかないかもしれません。そして部屋で音を出すからには、多少の音が漏れ出すこともあるでしょう。なので物理的、経済的に、できうる範囲の防音対策と、室内の音響特性の向上を考えています。ちょっと経済的に問題があるのが、難と言えば難なのですが。
というわけで、現状の、まるで風呂場で唄っているようなステキなエコー(笑)は、まもなく味わえなくなる予定なのでした。なお、写真は7月25日のものです。(^^;

恐縮ですが


尾籠な話です。そう、トイレの話です。そして実は個人的に(というかそもそもこのBOTCHY BOTCHYはワタシが考えて作っている場所なので、すべては個人的な話でもあるワケなのですが)このトイレに関しては、屋根の下の屋根以上に思い入れとこだわりが注ぎ込まれている場所なのです。
まず、図面を引いてくれた建築士はもちろん、そのまえに話を聞いたり、その後に図面を見たほぼすべての人に言われました。こんな小さい店に、なんでトイレがふたつもいるんだ? もったいないよ。ひとつで十分だよ。トイレに凝りたいなら、少し広くしてゆったり作るのもいいけど、ふたつはいらないよ。
確かに飲食店を開業するマニュアル本読んでも、こんなサイズの店はトイレ一個で十分、ホントはトイレがいらなければあと4席、客席を増やせるのに、ってな感じです。でも、いいえ、絶対トイレの個室はふたつ要る。そうワタシは言い続けました。だって女性のみなさん、専用トイレ、欲しいでしょ? ドア開けて、フタも便座も跳ね上がって、ちょっと、あるいはもっと汚れている便器や床を見ると、ゲンナリしませんか?
ワタシは男ですが、それでもゲンナリしちゃいます。だから、女性をゲンナリさせないためにも、女性専用の個室は、なんとしても実現したかったのです。
そして実は男にとっても、女性専用トイレは欲しいのです。というのもひとつしかないトイレに女性が並んでしまうと、もう行きようがなくなってしまうからです。
たとえばライブハウスでも、都内の小規模なハウスの多くは、トイレがひとつしかありません。そしてライブだと、男女の区別なく、多くの人が休憩タイムまでトイレをガマンしているわけです。だから当然、セットとセットの間には、トイレは混雑します。ドアの表示が赤いのを見て、ああ、誰か入ってるな。でまあ、そのときはガマンしたとしても、終演後は、店を出たら駅まで歩いて電車に乗って家へ帰るわけですから、こんどはガマンするわけにはいきません。でも、女性が並んでいるのを横目に、駅までガマンするか、なんてことになっちゃうわけです。
というわけで、トイレはふたつ作っています。しかも現場でカントクに図面書いてもらっちゃってるように、個室内にも手洗いを付けることになったので、メインの洗面所(?)がふさがってても安心です。ホントはトイレみっつ作ろうとしたんですが、それはさすがに場所が足りなくてあきらめました。また、トイレに行くことそのものを隠したい女性もいるということで、トイレの入り口そのものを分けちゃうプランも考えましたが、それもやはりスペースが取れませんでした。そんなわけで、女性のみなさん、入り口で男性と鉢合わせしたら、それはゴメンナサイ。

パイプ接続中


左上が昨日、そして右上が今日。一見、ほとんど変わってないように見えるけど、実は屋根もかなり進んでいるし、なにより床下になる場所が、どんどん変わっています。いろんなパイプがあっちこっちにつながっていきます。出来上がってみれば、当たり前のように水が出て排水されて、ガスが出て排気されて、そんなことが、実はこんな作業の積み重ねだったんだな、なんてことがよくわかります。ついでにエントランス回りも、少しずつ進んでいます。
それにしても、かなり建築の常識はずれなこともお願いしてるので、現場で決めることも多いし、次から次へといろんな問題も出てきて、そいつらを片っ端から解決していかなきゃなりません。これまで、いろんなお店で遊ばせてもらってきましたが、いやあオーナーさんたちって、ホントに大変だったんですねえ。

屋下に屋を架す

屋根を作っています。上に天井はありますし、もちろん雨漏りがするわけじゃないわけですが。

ここはカウンターの一部分になるわけですが、こうして見ると、まるで屋台です。軒先に赤提灯でもぶら下げれば、サンダルはいてるアナタが、月に一度の贅沢で、背中丸めてお酒をちょっぴり飲んでたりしそうです。もちろんこの屋根は屋台じゃないし、いまのところ、おでんはメニューにない予定ですが、気分としてはそんな屋台の小さな屋根の下で、グラス片手にみんなでワイワイと音楽談義したり、ときには誰かがギター抱えてしんみりと歌を口ずさみはじめたり、なんてことがやりたくて、大工さんに呆れられながら、屋根を作ってもらったりしてるわけです。

そろそろ、前を通る人から「何ができるの?」なんて尋ねられることが増えたようです。そこで、小さいポスターを貼ってみました。まあ、ほとんどナニもわからないかもしれませんが、きっと音楽の店なんだな、ってなことはおわかりいただけますよね?

着工

 
いつをもって着工というのかわかりませんが、連休明けの今日、本格的な工事に入りました。その瞬間には立ち会えなかったのですが、昼前に来たら、昨日のコンクリだけの部屋は本格的な工事現場になっていて、すでに奥には構造物がカタチになってきていました。
 
部屋の仕切り(?)は、軽量鉄骨という、角断面のブリキみたいな骨組みがビス止めされて組みあげられていきます。このあたりはトイレでしょうか。
 
一方、木工担当(?)の大工さんは、どんどん木を切っては、立てて打ち付けていきます。ここはカウンターの芯になる部分のようです。
 
本日は、ここまでです。ていうか、わずか1日でこんなにもカタチができちゃうのにビックリ。ともかくこれでもう、BOTCHIY BOTCHY予定地が、コンクリしかない部屋ではなくなりました。

墨出し

 

連休前に電線を引いてたと思ったら、連休の終わりには墨出しが終わっていました。これは現場に図面を投影したように線を引き、実物大で設計を確認するもので、確かに現場に立って、ここが入り口か、とか、ここからがカウンターかあ、とか、これまでよりずっと具体的に出来上がりを想像できるのでした。もちろん図面より現場優先。今日も、ここで人と人がすれ違えるかな、とか、ココはもうちょっと広い方がいいな、なんてことをやった結果、カウンターが10cm動いたり、玄関が10cm広くなったり、図面になかったドアができることになったり。カウンターの柱も大きく移動しました。え? カウンターに柱? はい。そのうちお見せできると思います。わたしも、まだどんなもんなのか、あんまり理解できていません。(^^;;

現場にはこんなテーブルとイスが持ち込まれて、コンクリしかない部屋ながら、人間の居場所もできたような印象。というか、ちょっとした事務所のようです。さて、明日からは、朝の早くから一気に壁の元(?)が作られていくそうです。

ボチボチ進行状況


相変わらずコンクリしかないぞ。大丈夫なのか? とか、現場をご覧になった方から心配のmailをいただいたりしています。もちろん大丈夫です。店名がそうだったからこうなっちゃったのか、まさにぼちぼちと進行しています。店で使うもののために、自宅の廊下は段ボールの山となっていますし、とりあえずこんなネオンサインなんかも届いたりしてます。さて、これが店頭で光るのは、夏の盛りの頃でしょうか。

ヘタクソだからこそ、音楽は楽しい。

音楽の楽しさって、なんだろう?

思えば数年前、久しぶりに楽器が弾きたくなって、Webを検索して見つけたある楽器屋さんのスクールに顔を出したのが、こんな話のはじまりでした。

店主は毎月十数本のライブをこなすプロのミュージシャンでもありますから、そりゃもうとても上手に、あらゆる楽器を弾くわけです。次から次へと、ほれぼれしちゃうようなフレーズが飛び出します。あるとき、ワタシは言いました。
「それだけ弾ければ、ステージでも思い通りに弾けて楽しいでしょうね」
しかし店主は、少し表情を曇らせてこう言ったのです。
「これまで、今日はよかったなあなんて演奏、一度もできたことがないですよ」
え、そうなの? ワタシは驚きました。無数のステージ経験を持ち、客としてはパーフェクト以上の演奏に聞こえるし、なにより楽しそうに演奏しているライブなのに、その実、イメージ通りの演奏ができずにココロは苦しんでいたのか!?
もちろんその店主も、ライブを、そしてステージでの演奏を楽しんでいるのです。でも、うまくなればうまくなるほど、目指す音楽の世界が厳しくなり、到達できないジレンマが大きくなるのかもしれません。もちろんお金をもらって演奏することの厳しさもあるでしょう。いやあ、ワタシらシロートとは違って、プロの世界は厳しいんだな、とか思ったものでした。

では、そのころのワタシはどうだったのか。すでにそのときには、ドヘタな素人バンドに混ぜてもらって、小さなお店でライブごっこ(?)をしてたわけです。とんでもなく低レベルの歌と演奏。前にいるのが仲間だから“ステージ”が成立するという、特殊な世界。そしてその仲間たちも、交代で楽器を持ち、似たようなレベルの歌と演奏を繰り広げる、一種の学芸会のようなライブ。でも、わたしはそんなイベントが、もう、楽しくて楽しくてしょうがなかったのです。演奏の善し悪しではなく、みんなで楽器を弾いて歌を唄ったり、ままごとのようなステージに立つことが、とにかく楽しかったのです。無責任に、純粋に、好きな歌を聞いて、自分でも唄って、気が付いたら、あ、もうこんな時間かよー。と、そういうふうに過ぎ去っていく時間が、そこにはありました。

ヘタクソだから、なんの利害もしがらみもなく音楽を楽しめるし、バカな挑戦もできるし、ちょっぴりうまくなって喜ぶこともできる。ヘタクソだから、懐かしい昔の光景に思いを馳せたり、いま弾けない曲を弾ける自分を夢見たりできる。

そうか、ヘタクソだから、音楽は楽しいんだな。わたしは確信しました。そしてBOTCHY BOTCHYは、とてもヘタクソなあなたやわたしのために、まもなくスタートします。

誰かと一緒だと、音楽は楽しい。

BOTCHY BOTCHYに来れば、誰かがいる。

ワタシのワガママ、その最大のモノは、このお店は、とにかく“音楽を楽しめる”店でないとイケナイというものです。まあ、ワタシは音楽の店をやりたくて、店をはじめることにしたわけなので、このワガママは、あたりまえに実現しないといけないことの、最優先のものでもあります。そのために最初に考えたのは、誰かと一緒だと、音楽は楽しくなる、ということでした。

楽器弾いたり人前で唄うようになり、やがてバンドも組んで、どんどんそんな活動にハマり込んでしまったワタシでしたが、ハマりこむほどに楽しいのはなぜかというと、それは音楽を、誰かと一緒にやらかすから、なんですね。とにかくそれがめっちゃくちゃに、やたらめったら楽しいわけです。これでハマらなかったら、どうかしています。そして、一緒に唄いはじめたり、バンドをはじめたみんなも、そりゃもう言うまでもなく、どいつもこいつもやたらに楽しそうなわけです。

確かにひとりで部屋でギター弾いてても、それはそれで楽しいわけですが、もし誰かが一緒にいれば、楽しさが倍になる。たとえばキーがCの曲を唄うとして、自分はCでストロークし、もうひとりが5カポのGでアルペジオ、なんてことができちゃう。もうそれだけで、いつもの曲のイメージがぶわっと広がって、レコード聞いてるみたいな気持ちになれるでしょ。
また、ふたりで一緒に唄えば、それがたとえうまくハモれなくて、ただのユニゾンにしかなってなくても、気分はフォークデュオ。つまり歌って、誰かの前で唄ったり、誰かと一緒に唄ったり、みんなと一緒に唄ったりすると、楽しさが二乗三乗と加速度的に大きくなっていくのでした。

ただ、ふつーに暮らしていたのでは、そんな相手が、なかなかいない。配偶者やパートナー、お子さんが同じ趣味で、毎晩家に帰ったら歌会のはじまりはじまりー、なんてステキなファミリーもあるかもしれませんが、あなたの家はどうですか? 一緒にフォークソングを歌ってくれる人がいますか? 一緒に唄ってくれるどころか、ギターをケースから出したら迷惑そうな顔をされたりしませんか?(爆)

中学や高校生の頃はよかったなあ。よくガッコの帰りに誰かの家に寄って、ワイワイ遊んだよなあ。アイツんち行けば必ず誰かがいて、よく一緒にギター弾いてたなあ。

もうガッコは行かなくていい歳になっちゃって、そういう楽しい溜まり場もなくしてしまったわたしたち。でも、だったら作ればいいのか。と、ワタシは思ってしまったのです。決められたイベントの日に、みんなが集まるのも楽しいけれど、なんでもない日にだって、ふと思い付いて唄いたくなったりするでしょ。ひょいと顔を出すと、必ず、同じ頃の歌が好きな誰かがいて、そこにはギターが置いてあって、歌の本なんかも揃ってて……。そんな場所が、欲しくなったのです。

え? ホントに必ず誰かいるのか、って? 大丈夫です。最悪でも、ワタクシがいます。

いつもアクセスありがとうございます。

よろしければお付き合いください、とか言いながら、一ヶ月近くも更新しないで申し訳ありませんでした。
プロジェクトは、少し遅れ気味ではありますが、少しずつ前に進んでいます。まだ、店ができるはずの場所は、相変わらずコンクリートの壁しかありませんが、ほどなく図面も上がってくるはずです。
進捗は、またこのblogにて報告する予定です。引き続き、ヨロシクお付き合いください。

欲張りな店。

どっちかというと、あきらめが悪いタイプです。

誰もが当たり前のこととして、あきらめてしまっていることが、けっこう気になります。ここがこうだったらもっと楽しくなるのに、とか、あそこにあれがあればもっと快適なのに、とか。過去を振り返るときに“たら”と“れば”は禁物だと言いますが、この店はこれから、自分が作る店なので、自分ならこうするのに、とか、あそこがこうだったらいいのに、というのを、みんなまとめてやっちゃえばいいわけです。

だからこのお店は、かなり欲張りな店になると思います。ワタシの“たら”と“れば”は、やたらいっぱいあるからです。これがつまり、ひとつ前のエントリーにも書いた“徹底的にワガママを追求したい“ってヤツなのです。

音楽のことや、その楽しみ方のこと。お客さまとワタシ、お店のスタッフ、そしてお客さま同士のコミュニケーションのこと。全体のインテリアやテーブルやイス、そして調度などの、お店の雰囲気や居心地のこと。そして料理やお酒のこと。さらに、料金のことや営業時間のこと。

さらに“たら”と“れば”には、音楽や料理や飲み物を楽しめる飲食店として、音楽や料理や飲み物、さらにインテリアやコミュニケーションについて、当たり前のこととしてできなければいけないことと、実現するのはかなり難しいけど頑張らなきゃいけないこと、さらに、できるかどうかわからないけど、こうありたいという理想として掲げておきたいことなどもあります。

ただし“たら”と“れば”には、相反する要素もあります。一番わかりやすい例は、お客さまからしたらサービスの値段は安いほどいいけれど、安すぎて店がつぶれちゃったらサービスが提供できなくなる、というものです。また、24時間365日、お客さまの来店に対応できればステキかもしれませんが、そうしたら数日でワタシが壊れ、やっぱりサービスが提供できなくなってしまう……。それだと、お客さまも困るでしょ。え、困らない? ワタシは、間違いなく困ります。ワタシがこのお店で追求したいワガママは、ワタシのワガママをお客さまにガマンさせる、ということではありませんが、お客さまのワガママをワタシがガマンすることでもないのです。

では、ワタシがこの店で満足させたいワガママとは? 引き続き、そんなこんなを書いてみたいと思います。きっと、かなり長くなるかもしれませんが、よろしければお付き合いください。